スポンサーサイト

category: スポンサー広告  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--_--_--

 『怒っちゃいかんよ』の項


『メシヤ講座・特撰集』に「景仰」を如何ように拝読するかと題して楳木代表が何項目か解説しておられました。
メシヤ講座・三重で「支部責任者には自分の好きな項目で良いので自分なりに解説を加えてもらおうかな。できれば信者さん方みなさんができるようになると良いね」ととのお話がありました。それで一項目作ってみたのをすっかり忘れていまして、今日資料整理をしていたら発見しましたので、ブログにアップしておきます。(2013年頃の事です。)


************************************************************

「景仰」を如何ように拝読するか

『怒っちゃいかんよ』の項

 私が日劇へお供をした時のことです。明主様は、『時間前にお手洗に行く』とおっしゃられるので、お供して行ったんです。ところが、その帰りに始まりのベルがなり出したんです。そのために通路が混んでいっぱいになりました。
 私はいっぱいになった通路をガムシャラに人をどけて行ったんです。中には私にむかってガンガン怒るのがいて、私も気が短かったですから口喧嘩を始めたのです。すると明主様が、『どうもすみません』とかわりにあやまって下さったんです。
 それからしばらくして、御面会にいった時、『人に迷惑をかけてはいけない。そしてどんなことがあっても怒っちゃいかんよ』とおっしゃって下さり、白隠禅師の話を説いて下さいました。(布教師)

という逸話が出てまいります。
支部のホームページのトップに「威張るな、怒るな、早まるな」を掲げていることもあり目を引く項目であります。メシヤ様に自分の代わりに謝っていただくとは〝恐れ多いにも程がある″と思いますが、そんなとんでもない稀有な体験をしてメシヤ様から御教導賜った白隠禅師の話の内容を載せていないのはもっと残念なことであります。
そこで、白隠禅師から何を学ばせていただいたのか「白隠禅師健康法と逸話」を取り寄せ考察いたしました。

白隠禅師は江戸時代の禅宗の中興の祖ですが、昔の禅宗の修行はあまりに過酷で難治の重傷者が続出します。白隠禅師は『夜船閑話』という書に「もし、学問の道に進み、懸命に一心に心理の道を求め悟道にこころざすものが、勉学身にすぎ、頭脳が逆上し、身心疲労はなはだしく、内蔵の調和が乱れてきたならば、針灸や医薬などで、この病をなおそうとおもっても、癒(なお)るものではない。自分は諸君の難病をなおすことのできる秘訣を知っている。諸君らはこの秘訣を実習するがよい。たちまちすぐれた特効をしめし、暗雲重霧がからりと晴れわたり、満月が皓皓と輝き出したように、あきらかな秘効のあるものである。そして一心に実習するものだけが、この秘法が心理であるのを悟り、真理の力の恩恵をうけることができるのである」

この秘法とは人間世界の一切の思い煩い、雑念を追い払いからっぽになって心の目を覚まさせます。そして一身の元気を臍(へそ)のまわりから丹田(へその下3寸)腰、股や両足から足の裏に下し充たして、その自然治癒力を高めるものであります。

〝丹田に気を充満させることは鳩尾を浄霊して怒りを鎮めること。そして、自然治癒力を促進させることが『浄霊』と通ずるものがある。しかし、この時代に何故?″と疑問を持ちさらに読み進めると、

《閻魔大王と延命十句観音経》という逸話で、十句観音経を人々に伝え広めていた信心深い武士が突然息絶え三途の川を渡り閻魔大王に呼び出され、「十句観音経を世の中に広め人々を救うように白隠禅師に伝えて欲しい」と言われ葬式の最中に息を吹き返します。武士から手紙を受け取った禅師は何かの因縁を感じ取り十句観音経を研究しありがたさに涙を流し一般民衆の教化にもちい世の中へひろめていくのです。

では《十句観音経》というのはどのようなものなのでしょうか。

ウィキペディア 最終更新 2013年5月6日 (月) 03:46 より
『十句観音経』
観世音。南無仏。 (観世音菩薩に帰依します)
与仏有因。与仏有縁。
 (我々にも仏と同じ因果の法則があり、また縁でつながっています)
仏法相]。常楽我浄。
 (仏と法の縁によって、私たちは常に心を清らかにし、楽しく過ごせます)
朝念観世音。暮念観世音。 (朝にも夕べにも観世音菩薩を念じます)
念念従心起。念念不離心。 (この念は仏心から起こり、また心を離れません)

ということになります。
なんと、閻魔大王が「観音様に帰依しなさい」とお命じになられたということなのです。

江戸時代に既に閻魔大王と観音様のご関係が明かされていたのには驚愕いたしました。次の御教えが想い浮かんだからです。

【御教え】六韜三略の巻 栄光119号 昭和26年8月29日
『以前私のかいた中に、艮(うしとら)の金神(こんじん)、国常立尊(くにとこたちのみこと)という神様が神代の時御隠退せられ、霊界においては閻魔大王となり、現界においては観世音菩薩と化現され、慈悲を垂れ給い、一切衆生を救われたのである』


ところで怒るということについてメシヤ様は
【御教え】
怒る勿れ 信仰雑話 昭和23年9月5日
『まず諸子が怒ろうとする場合、神様が自分を磨いて下さると思うべきで、それが信仰者としての心構えである。』

観音講座 昭和10年8月5日
『法輪を転ずるとは観音様の事である。滑稽洒脱(しゃだつ)である。大いに笑わせるのである。観音行に近い人程丸いのである。どんな人にも合わして行かねばならんのである。怒るのは真丸ではない。人に突掛るのは角である。観音行はこの角が取れなければ丸くなる事は出来ない。』

御光話 昭和23年6月8日
『――心の中に魂があることは判らせていただきましたが、その魂は体のどこにあるのでしょうか。

 人体は腹の真ん中と前頭部の奥とで天と地となり相通じ合っているのです。ですから高天原を人体で言えば眉間です。邪神がつくと眉間へ来たがってしかたがない。眉間を占領すればその人を自由にすることができるから。そこで眉間へ来れぬときはその人を怒らせる。怒ると頭の霊細胞が薄くなるから眉間へ来れるのです。そのうちまた気持ちが平静になり霊細胞が濃くなると邪霊は下のほうへ下がるのです。ヒステリーなんかはこれです。また狐の霊なんか憑くとよくしゃべるんです。女でよくしゃべるのは狐です。また威丈高になって相手にものを言わせないのもそうです。』

御光話録9号 昭和24年7月30日
『いま、論文を書いてるんですが、私は戦争や闘争の元は不快感が原因だって言うんです。人間は爽快な気持ちになると争えなくなるもんですよ。怒るってのは感情であり、これを抑えるのが理性の力なんです、欲望つまり仏語でいう煩悩ですね、この煩悩が起きる場合もそうですよ。欲望も神様が与えてくださったんだから想念は自由ですが、その想念をそのまま行動にあらわすと罪になることが多いんで、そのとき行動に移そうとする感情を、前頭部の冷たい人は抑えることができるんです。だから、前頭部の冷たい人は大丈夫ですが、まあ冷たい人はほとんどないですね。前頭部の冷たい人ばかりになれば、戦争なんかなくなって平和になりますよ。独裁者の煽動なんかにも、おいそれとは乗らなくなりますからね。』

白隠禅師の本に《軟酥鴨卵(なんそおうらん)の法》という秘法が出てまいります。各種の神薬仙薬を混ぜ合わせて作られた有難い丸薬が、自然に空中に現れて、頭の上にのせられたと観じる。その香味は妙々にして、次第に体温で溶けて流れはじめ、頭の中やこめかみの隅々までも潤し、浸々として下り、両肩・両肘・両乳・胸・脇の下・肺・心臓・肝臓・胃・腸・背骨をも潤し、タラリタラリと流れ、腰骨をひたして、ゆっくりと下へ流れ去ると観ずるのである」
この頭の上に乗せられたとイメージする卵のようないい匂いがする丸薬こそが「軟酥鴨卵(なんそおうらん)」という。こういう想念を重視した療法を江戸時代に行っていたのです。

この話を楳木先生にさせていただきますと、「頭頂部ということは頭頂部より尾骨に向かって延髄を浄霊させていただく。重病人には延髄の浄霊が不可欠です」と御教導いただきました。

軟酥鴨卵の法も〝頭頂部より観音様の光を感得し体内に光を充満させる行法ではなかったか″と思うのです。

あくまで私見でございますので、〝先達がメシヤ様から白隠禅師についてどのようなお言葉を賜ったのか後世に書き記していただきたかった″と思った次第です。

 私が日劇へお供をした時のことです。明主様は、『時間前にお手洗に行く』とおっしゃられるので、お供して行ったんです。ところが、その帰りに始まりのベルがなり出したんです。そのために通路が混んでいっぱいになりました。
 私はいっぱいになった通路をガムシャラに人をどけて行ったんです。中には私にむかってガンガン怒るのがいて、私も気が短かったですから口喧嘩を始めたのです。すると明主様が、『どうもすみません』とかわりにあやまって下さったんです。
 それからしばらくして、御面会にいった時、『人に迷惑をかけてはいけない。そしてどんなことがあっても怒っちゃいかんよ』とおっしゃって下さり、白隠禅師の話を説いて下さいました。(布教師)

という逸話が出てまいります。
支部のホームページのトップに「威張るな、怒るな、早まるな」を掲げていることもあり目を引く項目であります。メシヤ様に自分の代わりに謝っていただくとは〝恐れ多いにも程がある″と思いますが、そんなとんでもない稀有な体験をしてメシヤ様から御教導賜った白隠禅師の話の内容を載せていないのはもっと残念なことであります。
そこで、白隠禅師から何を学ばせていただいたのか「白隠禅師健康法と逸話」を取り寄せ考察いたしました。

白隠禅師は江戸時代の禅宗の中興の祖ですが、昔の禅宗の修行はあまりに過酷で難治の重傷者が続出します。白隠禅師は『夜船閑話』という書に「もし、学問の道に進み、懸命に一心に心理の道を求め悟道にこころざすものが、勉学身にすぎ、頭脳が逆上し、身心疲労はなはだしく、内蔵の調和が乱れてきたならば、針灸や医薬などで、この病をなおそうとおもっても、癒(なお)るものではない。自分は諸君の難病をなおすことのできる秘訣を知っている。諸君らはこの秘訣を実習するがよい。たちまちすぐれた特効をしめし、暗雲重霧がからりと晴れわたり、満月が皓皓と輝き出したように、あきらかな秘効のあるものである。そして一心に実習するものだけが、この秘法が心理であるのを悟り、真理の力の恩恵をうけることができるのである」

この秘法とは人間世界の一切の思い煩い、雑念を追い払いからっぽになって心の目を覚まさせます。そして一身の元気を臍(へそ)のまわりから丹田(へその下3寸)腰、股や両足から足の裏に下し充たして、その自然治癒力を高めるものであります。

〝丹田に気を充満させることは鳩尾を浄霊して怒りを鎮めること。そして、自然治癒力を促進させることが『浄霊』と通ずるものがある。しかし、この時代に何故?″と疑問を持ちさらに読み進めると、

《閻魔大王と延命十句観音経》という逸話で、十句観音経を人々に伝え広めていた信心深い武士が突然息絶え三途の川を渡り閻魔大王に呼び出され、「十句観音経を世の中に広め人々を救うように白隠禅師に伝えて欲しい」と言われ葬式の最中に息を吹き返します。武士から手紙を受け取った禅師は何かの因縁を感じ取り十句観音経を研究しありがたさに涙を流し一般民衆の教化にもちい世の中へひろめていくのです。

では《十句観音経》というのはどのようなものなのでしょうか。

ウィキペディア 最終更新 2013年5月6日 (月) 03:46 より
『十句観音経』
観世音。南無仏。 (観世音菩薩に帰依します)
与仏有因。与仏有縁。
 (我々にも仏と同じ因果の法則があり、また縁でつながっています)
仏法相]。常楽我浄。
 (仏と法の縁によって、私たちは常に心を清らかにし、楽しく過ごせます)
朝念観世音。暮念観世音。 (朝にも夕べにも観世音菩薩を念じます)
念念従心起。念念不離心。 (この念は仏心から起こり、また心を離れません)

ということになります。
なんと、閻魔大王が「観音様に帰依しなさい」とお命じになられたということなのです。

江戸時代に既に閻魔大王と観音様のご関係が明かされていたのには驚愕いたしました。次の御教えが想い浮かんだからです。

【御教え】六韜三略の巻 栄光119号 昭和26年8月29日
『以前私のかいた中に、艮(うしとら)の金神(こんじん)、国常立尊(くにとこたちのみこと)という神様が神代の時御隠退せられ、霊界においては閻魔大王となり、現界においては観世音菩薩と化現され、慈悲を垂れ給い、一切衆生を救われたのである』


ところで怒るということについてメシヤ様は
【御教え】
怒る勿れ 信仰雑話 昭和23年9月5日
『まず諸子が怒ろうとする場合、神様が自分を磨いて下さると思うべきで、それが信仰者としての心構えである。』

観音講座 昭和10年8月5日
『法輪を転ずるとは観音様の事である。滑稽洒脱(しゃだつ)である。大いに笑わせるのである。観音行に近い人程丸いのである。どんな人にも合わして行かねばならんのである。怒るのは真丸ではない。人に突掛るのは角である。観音行はこの角が取れなければ丸くなる事は出来ない。』

御光話 昭和23年6月8日
『――心の中に魂があることは判らせていただきましたが、その魂は体のどこにあるのでしょうか。

 人体は腹の真ん中と前頭部の奥とで天と地となり相通じ合っているのです。ですから高天原を人体で言えば眉間です。邪神がつくと眉間へ来たがってしかたがない。眉間を占領すればその人を自由にすることができるから。そこで眉間へ来れぬときはその人を怒らせる。怒ると頭の霊細胞が薄くなるから眉間へ来れるのです。そのうちまた気持ちが平静になり霊細胞が濃くなると邪霊は下のほうへ下がるのです。ヒステリーなんかはこれです。また狐の霊なんか憑くとよくしゃべるんです。女でよくしゃべるのは狐です。また威丈高になって相手にものを言わせないのもそうです。』

御光話録9号 昭和24年7月30日
『いま、論文を書いてるんですが、私は戦争や闘争の元は不快感が原因だって言うんです。人間は爽快な気持ちになると争えなくなるもんですよ。怒るってのは感情であり、これを抑えるのが理性の力なんです、欲望つまり仏語でいう煩悩ですね、この煩悩が起きる場合もそうですよ。欲望も神様が与えてくださったんだから想念は自由ですが、その想念をそのまま行動にあらわすと罪になることが多いんで、そのとき行動に移そうとする感情を、前頭部の冷たい人は抑えることができるんです。だから、前頭部の冷たい人は大丈夫ですが、まあ冷たい人はほとんどないですね。前頭部の冷たい人ばかりになれば、戦争なんかなくなって平和になりますよ。独裁者の煽動なんかにも、おいそれとは乗らなくなりますからね。』

白隠禅師の本に《軟酥鴨卵(なんそおうらん)の法》という秘法が出てまいります。各種の神薬仙薬を混ぜ合わせて作られた有難い丸薬が、自然に空中に現れて、頭の上にのせられたと観じる。その香味は妙々にして、次第に体温で溶けて流れはじめ、頭の中やこめかみの隅々までも潤し、浸々として下り、両肩・両肘・両乳・胸・脇の下・肺・心臓・肝臓・胃・腸・背骨をも潤し、タラリタラリと流れ、腰骨をひたして、ゆっくりと下へ流れ去ると観ずるのである」
この頭の上に乗せられたとイメージする卵のようないい匂いがする丸薬こそが「軟酥鴨卵(なんそおうらん)」という。こういう想念を重視した療法を江戸時代に行っていたのです。

この話を楳木先生にさせていただきますと、「頭頂部ということは頭頂部より尾骨に向かって延髄を浄霊させていただく。重病人には延髄の浄霊が不可欠です」と御教導いただきました。

軟酥鴨卵の法も〝頭頂部より観音様の光を感得し体内に光を充満させる行法ではなかったか″と思うのです。

あくまで私見でございますので、〝先達がメシヤ様から白隠禅師についてどのようなお言葉を賜ったのか後世に書き記していただきたかった″と思った次第です。


スポンサーサイト

2017_07_10

Comments


 管理者にだけ表示を許可する

04  « 2018_05 »  06

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

mesiyakyoumiesibu

Author:mesiyakyoumiesibu
メシヤ教月次祭およびメシヤ講座・三重の開催予定

次回 29年7月7日(金)11時開始

勉強会は三重県津市で毎月開催しています。
【平成29年度開催予定】
7月7日(金)
8月11日(金)
9月8日(金)
10月6日(金)
11月10日(金)
12月8日(金)

 メシヤ講座に参加されます方は『主神様とメシヤ様』(岡田茂吉著)および『文明の創造』を持参願います。
 メシヤ講座に参加を希望されます方、浄霊をご希望の方はお気軽にお問い合わせください。

最新コメント

月別アーカイブ

メシヤ様に直に太く!

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別(表示年指定)

カウンター

検索フォーム




page
top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。